愛を教えて
コーヒーカップを手に取り、冷めた中身をひと口、喉の奥に流し込む。そして卓巳は、絞り出すような声で尋ねた。


「万里子は、なんと?」

「望んだことではないにせよ、我が子を殺した罰だ、と」


そのときから、万里子は軽井沢に行かなくなった。
隆太郎は、不審者に窓ガラスを割られたことが怖かった、という言い訳を信じている。
真夏でも長袖を羽織るようになり、泳ぎに行くこともなくなった。

知らなかったこととはいえ、そんな万里子をプールに誘ったことを思い出し、卓巳は愕然とする。

そして、万里子がいつも胸に下げているペンダントには、子供の遺灰が入っていた。


「息子の結婚式では、ご自分もウエディングドレスが着たい、ケーキも手作りで、と。子供も、旦那様が寂しくないように、孫はもういらないって言うまで産むつもりよ、と……嬉しそうに話しておいででしたのに」


隆太郎は何も知らず、娘の幸せな未来を口にする。
万里子は父親に笑顔で応え、ひとりになると声を殺して泣いた。せめて、子供と一緒に死んでいればよかった。そんなふうに自分を責めながら。


「どうしてお嬢様がこんな目に遭わなければならないのでしょう。何ひとつ過ちも犯さず、清く正しく生きて来られたお嬢様がなぜ!?」


ずっと胸に秘めていたのだろう。
忍は白いエプロンの裾を引き千切る勢いで握り締め、必死で嗚咽を堪えていた。


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