愛を教えて
だが、卓巳の返答は極めて短く。


「それは僕の理由で君には関係ない」


取り付く島もない、とはこのことだろう。


「では、あなたがそんな結婚をしなければならない理由も、説明はなしですか?」

「藤原グループを守るためだ。その条件に“結婚”の文字が加えられた。結婚する気はない、だが、しなければならない。それだけだ」


再び、ニコリともせず卓巳は答える。

万里子には全く意味がわからない。それは、万里子に理解力がないのではなく、卓巳に説明する意思がないのだ。

万里子は話しかけるのをやめ、沈黙の重さに耐えるほうを選んだのだった。



昨日と同じホテルのエントランスに車は滑り込む。

だが、案内されたのはレストランではなく客室。

躊躇する万里子に卓巳は、そこはオーナーズ・スイートと呼ばれる彼専用の部屋で、週の半分は泊まり込んで仕事をしていると説明した。


迷いながら、万里子は室内に足を踏み入れる。そのとき、違う人間の気配を感じた。

オーナーズ・スイートの玄関に、ひとりの男性が立っていた。


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