愛を教えて
最近の卓巳は比較的ご機嫌だ。かんなが目の前に現れても、更には何か失敗をやらかしても、いきなり怒鳴りつけることはなくなった。

だが、不愉快な事態には違いない。

そんな卓巳の顔色を泣きそうな表情で伺いつつ、かんなは口を開いた。


「あのぉ……今、皆さん手が放せなくてぇ」


卓巳の車が正門を通過した時点で万里子の携帯にメールが届く。
彼女はそれを見て、卓巳が玄関の扉を開ける前には、一階に下りて来ている。

その万里子がどこにも見当たらない。下りて来る気配もなかった。


「万里子はどうした? まだ調理場にいるのか? まさか、ビックリパーティとか計画してるんじゃあるまいな」


かんなにブリーフケースを渡しながら、卓巳は「勘弁してくれよ」と呟いた。

だが、万里子が卓巳のためにしてくれることなら、なんでも嬉しくて堪らない。

ネクタイを緩めながら返事を待つが、かんなはどこかオドオドしていて歯切れが悪い。


「あ……いえ。あのぅ、奥様はぁ……お部屋でお待ちですぅ」

「部屋で?」

「はい。えっとぉ……あのぅ」


いい加減、卓巳も苛々してくる。


< 344 / 927 >

この作品をシェア

pagetop