愛を教えて
――卓巳の帰宅から二時間ほど遡る。


母屋と渡り廊下で繋がれた裏の棟から、少女の助けを呼ぶ声が聞こえた。


「いやっ! いやです。……やめてっ!」


渡り廊下から向こうには絶対に行くな、と卓巳に言われている。
万里子は雪音に用事があり、邸内を探すうちにその近くまで来てしまったのだ。

そして、悲鳴の主には心当たりがあった。

十七歳の茜は高校二年生。邸内で唯ひとり、通いのメイドである。まだまだ雑用が多く、皿洗いと掃除、洗濯が主な仕事だ。
部屋付きにしないことで、なるべく太一郎から遠ざける目的もあった。

茜は見るからに純朴そうで、しかも金に困っている。
たちまち、太一郎の毒牙にかかってしまうことを万里子は案じていた。


悲鳴を聞き、すぐに誰かを呼びに行こうとしたとき、


「お願い……いやぁ! 助け」


ふいにその声が途切れた。

自分が頼んで雇い入れてもらった少女の身に何かあれば……。

矢も盾もたまらず、万里子は太一郎の部屋に飛び込んだ。


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