愛を教えて
人懐こい笑顔で万里子に微笑みかけ、社長秘書です、と名刺を差し出す。そこには宗行臣と書かれてあった。

宗の存在に、万里子は驚いた。

自分たち以外には誰も知らない。卓巳はそう言ったのだ。宗のことを尋ねたかったが……迂闊なことは口にできない。

そんな思いをこめて、万里子は無言で卓巳を見上げた。


「宗は僕たち以外で偽装結婚を知る唯一の人物だ。では、これより契約書を交わそう」

「契約書って――そんなものがあるんですか!? その前に、この結婚が偽装だと知ってるのは、私たちだけだっておっしゃったじゃありませんか?」


万里子の責める口調がさっぱり理解できないとばかり、卓巳は肩を竦める。


「宗は私の個人秘書だ。君に関する様々な件も……彼が調査した」


卓巳は淡々と口にする。

だがそれは、万里子にとって恐ろしい内容だった。この見知らぬ男性も、万里子の過去を知っている。そう思うだけで、彼女は膝が震えた。

卓巳はそんな万里子に、褪めた視線をそそぎつつ、


「心配は無用だ。宗は守秘義務を心得ている。君がこの契約書を守る限りは、だが」


相変わらず毒を含んだ台詞を吐く。


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