愛を教えて
「抵抗するんじゃねぇよ。死んでもいやだと? そんなこと言えなくしてやるよ。殴られたくなきゃ黙って足を開いてろ!」


万里子は両腕で身体を抱き締め、貝のように固まった。そのまま動かなく、いや、動けなくなる。

暴力は、万里子から逃げる気力を奪った。

万里子は顎を掴まれ上を向かされる。その目はきつく閉じたままだった。


そして……口角から血を流す万里子の唇に、太一郎は自分の唇を押し当てた。


それは万里子にとって、絶望の底に再び叩き落されるほどの衝撃だった。


(キスだけは……唇だけは、卓巳さんのものだったのに。彼だけのものだったのに)


そう思ったとき、万里子は太一郎の唇に噛み付いていた。噛み千切っても構わない、そう思えるくらいの渾身の力で。


「あっ! 痛つぅ……痛えだろがっ!」


太一郎は口元を押さえ万里子から飛びのく。

次の瞬間、万里子の目にナイフが映った。


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