愛を教えて
それはガラステーブルの上、フルーツ皿に添えられた果物ナイフ。万里子はとっさにナイフを手に取り、自らの喉に押し当てる。


――再びあの苦しみを味わうくらいなら……今度こそ死のう。


万里子は心を決めた。


「二度と……卓巳さんに会えない」

「おい、待てよ。そんな、ムキになるようなことじゃないだろ? たかがセックスだよ。なあ……キスくらいで何を」

「近づかないで! 一歩でも近づいたら……死にます」


(唇だけだったのに……卓巳さんにあげられるものは……それだけだったのに) 




太一郎は万里子の瞳に浮かぶ、思いつめた光が怖かった。

ここまで一途に、誰かを思う女に出会ったことなどない。どんな女も、腕尽くで抱きさえすればモノにできる。できなくても、金を積めば済むことだ。

でもそれが間違いであると、目の前の万里子が太一郎に教えた。


「待てよ、わかったから……ナイフを下ろせ……な」


そう言って太一郎が動いた瞬間、万里子はナイフを掴んだ手に力を込め、反動をつけた。


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