愛を教えて
反論しようとする万里子を軽く往なすと、玄関の奥にある内扉を開け、卓巳はリビングに足を進めた。

万里子も宗に促され、渋々だが中に入る。


そこには、万里子が一度も経験したことのない空間があった。

正面の壁一面に窓があり、眼下には皇居の緑が広がっていた。その景色から、最上階レストランの個室とは逆向きであることがわかる。

フロアに敷かれたカーペットはグレーで統一されており、糸くずの一本も落ちてはいない。

室内には、どこに座ればいいのか迷うほど、たくさんのソファやテーブルが点在していて……。


卓巳は中央に置かれたひと際大きなテーブルに書類を投げ落とし、おもむろに、一人掛け用のソファに腰を下ろした。長い脚を無造作に組み、ため息をつく。


「どうぞ、こちらへ」


万里子は宗に言われるまま、卓巳の正面に座った。


「籍を入れるということは、お互いに様々な義務を負うことになる。しかし、必要以上に負うつもりも、負わせるつもりもない。お互いの果たすべき責任と要求できる権利、君が受け取る報酬も決めておきたい。離婚についてもそうだ」


あまりにもビジネスライクな卓巳の態度に、万里子は言うべき言葉がみつからない。


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