愛を教えて
尚子の悲鳴が上がったが、卓巳は振り返ることすらしない。


「万里子に触れるな、そう言ったはずだ。次はあの程度じゃ済まさない、そうも言った。覚悟はできてるな」


ガシャ――卓巳は靴の底で割れたガラスを踏み締める。

藤原邸では玄関で靴を脱ぐ習慣はなかった。そうでなければ卓巳も大怪我をしているところだ。


「どう、する気だ……俺を……」

「貴様には留学してもらう。誰も知らないうちに、誰も知らない場所に、だ」


太一郎は口の中で何かが転がるのを感じた。
どうやら、歯が折れたようだ。太一郎は血と共に吐き出しながら、どうにか声を押し出す。


「留学先で……俺を、行方不明にする気か?」

「さあ、私の関知するところではない。ただ、二度と貴様に会うことはない。永久に、万里子の前から消し去ってやる。来いっ!」


血で汚れたシャツの襟首を掴み、卓巳は太一郎を部屋から引きずり出そうとする。

それを遠巻きにしながら、尚子が止めようと試みた。


「ちょっと待って、太一郎さんが悪かったわ。あたくしからもお詫びします。万里子さんが素敵な方だから、血迷ってしまったのよ。許してやってちょうだい。血の繋がった従弟じゃないの」


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