愛を教えて
なんと、彼らは息子から視線を逸らせたのだ。
その瞬間、場違いな笑い声が開かれたままのドアから廊下にまで響き渡った。

声の主は卓巳である。


「私の両親も褒められたものじゃないが。お前の親も相当だな。どうだ太一郎、親に金と命を天秤にかけられ、捨てられた気分は」


卓巳の目は、万里子がナイフを掴んだときと同じ、狂気の光を宿していた。


(本気だ……こいつは、本気で俺を殺す気だ)


卓巳が命より大切にしている女性を土足で踏み躙ったのだ。
太一郎はそのことに気づき、底なしの恐怖が這い上がった。


「待て、ちょっと待ってくれよ。俺は」


そう言った瞬間、太一郎は卓巳の手を振りほどき、逃げようとした。

直後、鳩尾に激痛が走る。
そこには卓巳の右膝がめり込んでいた。

太一郎はもつれる足で廊下まで転げ出て、堪え切れずに吐き戻した。そのほとんどがアルコールだ。

腹を押さえて呻く太一郎の胸倉を掴み、卓巳は更に殴りつけた。


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