愛を教えて
邸の中の誰もが、卓巳のことを冷たい人間だと思っていた。それもそのはず、卓巳は今まで一度も声を荒げたことがなかったという。

太一郎も卓巳は何を考えているのかわからない、と言っていた。

それは卓巳が太一郎の行いを本気で諌めたことのない証拠だった。


静寂の中、万里子は卓巳の瞳を見つめたまま、思いのたけを口にする。


「私が初めてこの家を訪れた日に、卓巳さんは初めて、本気で太一郎さんに怒ったのでしょう?」


あのとき、誰も太一郎を叱らなかった。
皐月ですら、卓巳が乱暴を働いたから止めたのだ。


「何をやっても叱られなかったら、それがよいことか悪いことかわからないわ。何も教えずにさんざん甘やかした飼い犬を、いきなり鞭で打って保健所に送るようなものじゃないですか!」


万里子は太一郎に歩み寄る。そして、自分の羽織ったショールで彼の下半身に覆った。

卓巳の狂気じみた怒りをまともに食らい、太一郎は本気で怯え失禁していた。


< 373 / 927 >

この作品をシェア

pagetop