愛を教えて
卓巳は万里子の手を押さえ、唇に目を凝らす。

やっと、万里子が卓巳のキスを避ける理由がわかった。

いつもはふっくらと艶めく彼女の唇が、今は所々擦り切れて血が滲んでいる。恐る恐る指先で触れ、その荒れた感触に驚いた。おそらく、ベッドに入ってから無意識で擦り続けたのだろう。


(こんなになるまで……。もう十発、いや、やはり叩き出してやるべきだった!)


卓巳は、もう一度、太一郎を殴りに行きたい衝動に駆られる。

だが、今はそんな場合ではない。


「もう……ダメですか? 私とは、もう」


涙に滲んだ万里子の声は、卓巳の中のスイッチを押した。


言葉もなく、息もつかせず、卓巳は万里子に口づける。

それでも、切れた口の端には触れないように、と気遣いは見せたつもりだ。しかし、重なる万里子の唇からかすかな吐息が漏れるたび、卓巳の理性に霧がかかっていく。

卓巳の強固な自制心に目隠しがされたとき、彼の心は万里子一色に染まった。


そして、これまでになく強く唇を押し付け、舌先で口腔内にまで割り込み、愛撫を始める。

しだいにキスは、万里子の首筋から胸の谷間に下りて行き、薄っすらと付いた傷を軽く舐め上げた。


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