愛を教えて
低く押し殺した声に、卓巳の苦悩の深さを知る。


「セックスは罪だ。誰も彼も、愛という言葉を免罪符に使ってるだけだ。女の胸に顔を埋めて喘ぐなんて、そんなみっともない姿を晒すくらいなら、死んだほうがマシだ。――ってね。ついこの間まで本気で思っていたんだ」


手を下ろした卓巳は、隣にいる万里子を愛しそうに見つめて微笑んだ。

しかし、その瞳には悲しみの色が宿っている。


「僕は君に出会ってしまった。どうしても、もう一度チャンスが欲しくて病院の検査を受けたんだ。だが――機能回復の可能性は限りなくゼロ。そう言われたよ」

「じゃあ、おばあ様はご存じで、あんな報告書を」


尚子たちの前に出した報告書は偽物だった。だから、医師の名前の書かれた診断書ではなかったのだ。偽りの診断書を医師に書かせる訳にはいかなかったのだろう。

卓巳の様子がおかしかったのもうなずける。

孫を思う皐月の深い愛情を感じ、万里子の目に涙が浮かんだ。


「あの日、祖母が本気で僕の幸福を願っていることを知った。後継者として欠陥品である僕を、祖母はいざとなれば切り捨てるだろう。そう思っていたんだ」

「そんなこと。おばあ様はあなたのことを本当に」


卓巳はうなずくと、


「結婚式の日、祖母に言われた。心の繋がらないふたりに身体の繋がりだけあっても意味はない、と。万里子、君を愛している。心の底から君を求めている。嘘じゃない。だが……僕の身体は反応しない。今もそうだ。すまない」


そのまま、頭を下げるようにして、万里子から顔を背けた。


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