愛を教えて
「でも、私が卓巳さんのことを愛してるって言ったとき、太一郎さんの顔色が変わったの。ひょっとしたら、抱き合えば愛し合えると思ってるのかもしれない。本当は逆なのに……」


あのとき、大勢の声が聞こえて、気が緩んで意識が落ちてしまった。

でも太一郎は、二度としないと泣くように叫んでいた。あの言葉を信じたい、でも、本当に信じていいのだろうか?

万里子の中では、太一郎から目を背ける心と、慈悲を与えようとする心がせめぎ合っていた。


「なるほど。逆ってことは、愛し合ってるから抱き合いたい……ですか。それを確認するあまり、ご夫婦揃って寝過ごしてしまった、と」

「ゆ、雪音さん!」


万里子が目を覚ましたのも、あの数分前だ。ふたりとも身繕いが精一杯で、卓巳は朝食抜きで出勤した。

クスクス笑う雪音の横で、高校生の茜まで笑っている。

万里子の視線に気づいて茜は「すみません」と謝るが、それでも頬が震えていた。


「昨夜は夕食もろくに取られてないでしょう? それで朝までコースだと、さぞお腹が空かれたんじゃないですか。ブランチを用意させていただきましょうか?」


雪音には終始からかわれっぱなしだ。雇用主に対する態度としてはふさわしくないと、浮島からはたびたび注意されているらしい。だが、万里子は雪音の存在にだいぶ助けられていた。


卓巳は明らかに笑顔が増えた。

万里子も人との関わりに恐怖を感じることが少なくなった。

お互いの過去を乗り越え、少しずつだが確かに変わり始めている。


――人は変われる。

太一郎や尚子たちも変わってくれることを、願わずにはいられない万里子だった。


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