愛を教えて
その夜、卓巳からは『遅くなる』と連絡があった。

卓巳の帰りを待っていた万里子だが、深夜の零時を回っても戻らず。諦めて、どこで寝ようか考え始めた。

そのとき、携帯からメールの着信音が鳴る。

それは、卓巳の乗った車が正門を通過したときの音だった。


万里子は嬉しくて、パジャマの上からカシミヤで織られたアイボリーのショールを羽織り、一階まで出迎えに下りて行った。

邸内はしんと静まり返っている。

仕事熱心な浮島も、深夜の出迎えは万里子に任せ、早く休むようになった。他の使用人たちも全員、別棟の自室に戻っている時間だ。


万里子は急いでオープン階段を下りた。彼女の室内履きの音だけが、エントランスフロアに響く。


「お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま」


鍵を開けた直後、卓巳が入って来た。同時に寒風も吹き込んで来る。

万里子が身震いすると、卓巳は慌てて扉を閉めた。


「今夜はホテルに泊まられるのだと思っていました。必要なものがありましたら、届けましたのに」

「君の顔が見たくて、商談が終わるなり飛んで帰って来たんだぞ。なのに、あまり嬉しくなさそうだね」


仕事が終わり、万里子の前に立った瞬間、卓巳の顔から社長の仮面が剥がれる。


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