愛を教えて
場違いな明るい声に、卓巳以外の全員が目を見開き、万里子を凝視した。


「そりゃ、あなたにとってはよいことでしょうけど……」


静香は呆れた口ぶりだ。

だが、万里子は笑って言葉を続けた。


「だって、卓巳さんはあなたの自由にしていいって言ったのよ。太一郎さんのことも、出て行くのも残るのも自由だ、って。でも、無計画に出て行くのではなく、ちゃんと計画しなさい――そう言ったのよね? 卓巳さん」


万里子はまるで通訳のように卓巳の言葉を噛み砕いて伝えた。

そんな愛する妻の笑顔に、卓巳も仕方なさそうに苦笑する。


「君たちには、大学を出たらちゃんと働いてもらう。くれぐれも、短気を起こして飛び出すな。私の下が嫌で出て行くのなら、社会に通用するだけの、スキルと一般常識を身につけてからにするんだ」


卓巳の言葉に驚いたのが孝司だ。


「卓巳さんは、僕らのことが嫌いなんでしょう?」

「孝司くん……いい歳をした男に、従弟に向かって何を言わせたいんだ?」


万里子によって愛を知り、卓巳は笑顔を取り戻した。しかし、人に与えるのは不慣れだ。照れてコーヒーを一気に飲もうとするが……空だった。


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