愛を教えて
「大奥様……いかがいたしましょう」


千代子は下唇を噛み締めながらうつむいた。

皐月の目に触れないように、気を配ったつもりであった。
それが、ほんの少し席を外している間に、例の怪文書が女主人の手に渡ってしまった。

皐月が知った以上、黙り通す訳にもいかない。


「たちの悪い悪戯でしょう。万里子さんはどちら?」

「旅行用のお品に買い忘れがあったとかで、午前中に、お出かけになったそうですわ」

「そう……太一郎は部屋ですか?」



皐月の質問に、千代子は随分答え難そうにする。


「いえ……。今朝早く、出かけられたままでございます。――大奥様、まさかご一緒なんてことは」

「愚かな想像を口にするものではありません。どちらかが戻ったら知らせてちょうだい。それまで横になります」

「はい。申し訳ございません」


千代子はすぐさま、頭を下げた。


(万里子さんだけは……万にひとつも、そんな娘さんであってはならないのよ)


皐月は、使い慣れたベッドに横たわりつつ、様々なことを考えていた。


< 486 / 927 >

この作品をシェア

pagetop