愛を教えて
卓巳の行為は瞬く間に万里子を四年前の悪夢に引き戻した。

唇を噛み締め、痛みと屈辱に耐えた、生涯忘れえぬ夜――でも、いつか必ず、卓巳が忘れさせてくれると信じていた。


このとき、卓巳が男としての自信を取り戻しかけていたように、万里子にも女としての自信が芽生え始めていた。

卓巳から、綺麗だ、女神のようだと賛美され、彼女の内に眠る“女”が美しく花開く寸前だった。


その綻びかけた花びらを、卓巳自身が無残にも散らしてしまう。

それはたとえ夫婦の間でも、指一本であったとしても、許されざる行為だ。



万里子はそんな行為に耐えられず、卓巳の言うままに口走る。


「やめて……言うから……言います。太一郎さんに抱かれました……だから、もうやめて」


喉を引き絞るような、苦痛に満ちた万里子の声。

寝室の空気が凍りつき、すべての音がなくなった。
悪戯に時間だけが過ぎる。

卓巳は万里子から離れ、ベッドからも滑り落ちた。

そのまま、力が抜けたように床に座り込んでいる。


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