愛を教えて
本来なら、万里子をリードするのは卓巳の役目だ。

傷ついた彼女に愛を教え、真綿で包み込むように癒やしてやらなければならない。

ところが、ベッドの行為ひとつとっても、卓巳には未知の世界だ。とてもリードどころではない。

それにもかかわらず、卓巳には巨大複合企業のトップとして、また三十歳という年齢相応のプライドを持っていた。


キスすらスマートにこなせない自分が歯痒く、どうしようもない苛立ちを覚える。

そのプライドを支えていたのが、妻のすべてを知るのは自分だけ、という一点。


万里子が初めて四年前の事件を告白したのは、自分ではなかった。


それは、卓巳にとって存在価値を揺るがすほどの事件だった。

万里子に対する尚子の暴言など耳に入るはずがない。手を振り払ったのは、太一郎に話したことに対する怒りの意思表示に過ぎなかった。

だが……。


(万里子もやはり不満だったんだ。太一郎に抱かれて、僕のことを……)


卓巳は愛車のアクセルを踏み込む。

V型十二気筒のエンジンは主人の憤りに応え、首都高速でアウトバーンさながらの走りを見せた。


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