愛を教えて

(6)月に願いを

夜明け前、卓巳が留置場で苛々と釈放を待っていたころ、万里子は部屋を出て行った。

部屋を出る寸前、結婚指輪を外して置き手紙の上に置いた。



新婚旅行用の大きなスーツケースに着替え一式が用意してあった。
その中から、万里子は必要な分だけ抜き取り、小さなボストンバッグに詰め替えた。


万里子はずっと、卓巳が戻って来て、抱き締めてくれるのを待っていた。

本当は愛している、そう言ってくれさえすれば……。
卓巳になら何をされても構わない。愛が動機であるなら、すべてを受け入れることができたのに。


――あのドアを開けて、卓巳が飛び込んで来る。

『万里子、済まなかった。許して欲しい。愛してるんだ』

そう言うと万里子を抱き上げ、ベッドに連れて行ってくれる――。


何度も、何度も、そんな幻が浮かんでは消えていく。

万里子はたったひと晩で、涙が枯れるほど泣いた。
それは愛を知った分だけ四年前より苦しく、心を砕かれた痛みがした。


やがて泣き疲れ、万里子はカーテンの隙間から空を見た。
ガラス越しに上弦の月を少し太らせた宵月がぼんやりと映る。

奇しくもふたりは、遠く離れた場所で同じ月の光を浴び、同じ夜を思い出していた。


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