愛を教えて

(9)捧げた愛の行方

卓巳は何かの気配にふっと顔を上げた。

ラウンジチェアに座り込んだまま、どれほど時間が経ったのだろう。窓の外はもう日が陰っていた。

そう言えば、宗が何か言っていた気がする。
仕事は……いや、もうどうでもいい。万里子を失っては働く意味などない。

卓巳はそんなことを考えながら、再び膝を抱え込もうとした。

そのとき――。


「ちょっと、やめて! 誰か止めて!」


そんな女の声が聞こえた気がした。

聞きなれた……ああ、メイドの雪音か。卓巳が声の主を思い出した瞬間、顔面に冷たい衝撃を浴びる。

それは、ここが風呂場かプールでなければあり得ない感覚だ。

なんと、卓巳は頭から水を被っていた。


文字どおり、室内は水を打ったように静かになる。

卓巳の前髪からは、ポトポト雫が滴り落ちた。

ラウンジチェアの下は水浸しだ。


「な……なんだ、これは」

「いい加減にしてくんねぇか。卓巳さんよ」



今度はしっかりと、焦点を合わせて卓巳は顔を上げる。
そこには、掃除に使うスチール製のバケツを手に、太一郎が立っていた。


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