愛を教えて
そして卓巳のほうも、そんな万里子のことが心配で堪らない。

ふた晩離れていただけなのに、まるで二年も経った気分だ。

卓巳がひとりで、あの天蓋付きの巨大ベッドに眠れるはずがない。彼は一睡もしていなかった。


ロンドンまでのフライト中、万里子の顔は蒼白で、ひたすら正面を見つめ続けていた。

無論、そんなときしか彼女を盗み見ることができなかったのだが。

卓巳が話しかければ、万里子は大粒の涙をこぼしそうな気がする。そうなれば理性を保てる自信などない。


藤原邸を出るとき、くどいくらい太一郎に念を押された。


「社長を辞めてこの家を出るって、あんたが言ったんだからな。これはもう、新婚旅行じゃない。あんたは仕事に行くんだ! 戻ってきたら、会社も彼女も俺がもらう。役立たずのあんたは、指一本触れるなっ」


追いかけろと言われたとき、どうしても追う勇気が出せなかった。

周囲も呆れて、ため息をついていた気がする。それも当然だ。自分の無様さに言い訳すら思いつかない。


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