愛を教えて
ロンドンまでの約十二時間半。時差を考えれば睡眠を取っておくのがベストだ。アッパークラスの座席は、倒せばフルフラットになる。

卓巳はそれを断り、書類に目を通していた。


だが……一瞬、体が傾き、卓巳はハッとした。


どうやら、そのままの姿勢で眠っていたらしい。そして横を見ると、万里子も眠っていた。


卓巳は身を乗り出して、ずり落ちそうな毛布を万里子の体にかけ直す。

熟睡していることに気づくと、卓巳は万里子のシートをフラットに調整した。彼女を起こさないように、そうっとだ。


万里子の寝顔を見ていると、今までのことがつぶさに思い出される。

その瞬間、卓巳は腹の底から突き上げるような衝動を覚えた。“それ”は、万里子の身体に触れ、唇を重ねろと命令する。

卓巳は万里子から逃げるように視線を逸らせた。

可能な限り、ホテルの部屋ではふたりきりになるのはやめたほうがいい。雪音の言ったとおり、自分にはもう、その資格がないのだから、と。


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