愛を教えて
「鬱陶しい雨だ」

「そうですか? そのおかげで、アトラクションの待ち時間が少なくて、私は嬉しいですけど」


万里子の言葉はひとつひとつが卓巳の心に響いた。

しかし、雨はすべてにおいて“幸運”をもたらした訳ではなく……。


ロマンティックな名前の付く城の前を、傘の触れない距離を保ってふたりは歩く。

ふいに、万里子の顔が凍りつく一瞬を卓巳は目の端に捉えた。


彼女の視線の先には、三~四歳くらいの女の子がいる。



(後悔するくらいなら産めばよかったんだ。それを……)


相手の男には妻と別れさせ、自分との結婚を要求すればいい。公立中学の教師と報告書に書いてあったが、不倫がバレて免職になったとしても自業自得だ。

卓巳は理路整然とそんなことを考える。


卓巳の中に理屈で説明できない感情は存在しなかった。

いや、存在を認めていない、というべきか。

だからこそ、万里子に対する言動にも、一々理屈をつける。女性に対する正体不明の感情に振り回され、誘惑に屈することを彼は何より恐れていた。


それは愚かな人生の見本となった両親が、卓巳に教えた数少ない教訓。


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