愛を教えて
「子供は……女の子だったのか?」

「……忘れました」


振り絞るような声で万里子は答える。

聞くべきではなかった、と卓巳は悔やむ。だが、後悔は反省には繋がらず。


「なら、そんな目で子供を見るのはやめろ。自分で殺しておいて……今更と言うものだろう」

「私は別に」

「別に何も見てない、か。さっきからあの年頃の女の子ばかり目で追っている。仮にもデートの最中だ。鬱陶しい顔をするのは止めてくれ」

「……申し訳ありません」


言いたい言葉は他にあった。

――子供を堕ろさせるような男のことを、いつまで考えるな。君は僕の妻になるんだ。これからは僕のことだけを見ていろ――と。

だが、その言葉を口にする理由がどうしても思いつかない。


「ごめんなさい。あの、藤原さん。もう、帰りましょうか?」


うつむく万里子と同じように、彼女の差す傘も下を向く。傘の先から雫が滴り落ちて……彼女の涙に見えた。


「まだ早い。約束どおり、時間までは付き合ってもらうぞ」

「……はい」


付き合いの深いカップルなら、雨はふたりの距離をより縮める。しかし、紙の上で婚約しただけのふたりには、それぞれの傘が壁となってしまった。

傘が邪魔で万里子の表情が見えない。思いは言葉にならず、そんな感情をコントロールしようと、きつい言葉ばかりが卓巳の口を衝いて出る。


その日はついに、万里子の笑顔を見ることが叶わなかった。


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