愛を教えて
『いや、私の英語に彼女も同じイントネーションで返してくれた。聡明で思いやり深い女性だ。私も彼女のような女性を妻に持ちたかった』

『妻はごく普通の日本人女性です。サーに釣り合う身分も、実家の資産も持ち合わせてはいません。第一、美しい奥様がおいでではありませんか』

『ああ、確かに美しい。初夜の床で体位を指示した素晴らしい女性だ。だが、この婚姻は互いに解消する訳にはいかない。ミスター・フジワラ、私は君が羨ましい。眠るのが勿体ないと思えるほどの夜を、私も過ごしてみたいものだ』


冗談か本気かわからないが、自嘲するようにライカーは浅く笑った。 


命を捧げるほど愛する人に出会えて、更には愛され、永遠を誓えるのは奇跡なのかもしれない。

愛と引き替えにライカーはサーの称号を得た。

自ら人生を選んだ。そこに愛がなくとも、同情には値しない。


だが、奇跡の少数派になるチャンスを捨てようとしている愚か者もいる。そんな男に同情の余地はないだろう。

そんなことを考えつつ、卓巳は万里子の姿を思い浮かべていた。


今日はまた格別な美しさだ。ウエディングドレスのときの初々しさとは違って、開花し始めた薔薇のような、瑞々しい艶やかさがあった。

ライカーが目を奪われても無理はない。

卓巳はカウントダウン直後の抱擁、そしてニューイヤーキスを思い出し、気が狂いそうなほどの衝動に駆られた。


(欲しい。どうしても。ひとりでは眠れない)


いまだ慣れない性衝動は卓巳から理性を奪い、本当に欲しいものを見えなくした。


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