愛を教えて
(卓巳さんはあの人を抱くの? 私にしか見せてくれなかった顔を、彼女にも見せるの?)


卓巳は誠実な人だと思っていた。

その前提があったから、万里子は嫉妬など感じたこともなかった。

だがこのとき初めて、卓巳が太一郎や俊介に対して見せた、自分自身をも焼き尽くしてしまいそうな炎が自分の内にもあることを知る。

あの女が妬ましい。すぐにもスイートに駆け戻り、あの女を部屋から叩き出してやりたい。

どす黒い感情が万里子の胸に渦巻いた。


卓巳だけは、こんな真似はしないと高を括っていた。言い換えれば、充分な男性機能を持たない卓巳を軽んじていたのかもしれない。

そのことに反省と後悔を覚えつつ、それでも気持ちは治まらない。


卓巳が万里子以外の女を抱いている。

今、この瞬間も。悔しさと切なさと取り返しのつかない絶望感で、万里子はこの恋の終焉を感じていた。


(二度と信じない。卓巳さんのことも、誰の言葉も。愛なんて、二度と求めない!)


万里子の左手の薬指には、飛行機の中で卓巳に渡された間に合わせの結婚指輪が納まっている。それをスッと外し、ポケットに仕舞う。

卓巳の思惑などどうでもいい。今から取れる一番早い便で日本に戻ろう。飛行機の予約を先ほどのコンシェルジュに頼もうと、ロビーのソファから立ち上がった瞬間だった。


エレベーターの扉が開き、ひとりの女性が降りて来た。


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