愛を教えて
さっきは手に持っていた黒いコートを今は羽織っていた。それも、栗色の髪も覆い隠すように。よほど目立ちたくないのだろう、濃い色のサングラスもかけていた。


「ミス・ジューディス・モーガン……どうして?」


万里子は、そんなに時間が経ったのか、と時計を見た。

だが、万里子が部屋を追われてから、せいぜい三十分程度。ジューディスは足早にロビーを横切って行く。そんな彼女を追いかけ、万里子は声をかけた。


『すみません。あの、ミス……』


ジューディスはファンかマスコミを警戒したのだろう。大股で飛ぶように歩き、立ち去ろうとした。

だが、万里子の顔を見てピタッと立ち止まる。


『あなた、ミセス・フジワラね』

『あ、はい。あの』

『彼はペドなの? それともソドムの住人!? どちらにしても、私の胸に触れて吐いた男は初めてだわ。彼は病気ね。医者に診せたほうがよくないかしら? 二度とこの国で女を口説けると思わないことね。タクミの男の価値はゼロだわ。そう伝えてちょうだい!』


北部出身のジューディスはスコットランド英語で一気に捲し立てる。発音が少し違うため、万里子には半分程度しか理解できない。

だが、卓巳が彼女の期待に応えられなかったことはわかった。


ジューディスは万里子に噛みつくと少しは鬱憤が晴れたらしい。颯爽と正面玄関から出て行った。


そのときすでに、万里子の姿はロビーから消えていた。


< 615 / 927 >

この作品をシェア

pagetop