愛を教えて
「万里子、どうしたんだ?」

「い、いえ……なんでも」


にわかに足元から恐怖が這い上がる。

完全ではないにせよ、昨夜ふたりは結ばれた。卓巳は万里子の中で最後の瞬間を迎えたのだ。

だが、それと同じ感覚を味わったときの絶望は、簡単に忘れられるものではなかった。



卓巳もすぐに、万里子の変化に気づいた。

彼女の脚を伝い、膝を汚しているものの正体に。それが自分の責任で、過去の苦しみを呼び覚ましてしまったことを。

卓巳は可能な限りの誠意と愛情を持って、万里子を抱き寄せた。


「あ……たくみ、さん」

「泣くな。頼むから、今は泣かないでくれ」


万里子の涙腺はすでに決壊しつつある。


「心配しないでくださいね。痛みとかじゃ、ありませんから。もう、妊娠の心配はないし……でも、そんな心配がしたかった。ごめんなさい……卓巳さんになら、どれほど痛くても我慢したのに。もう……私は」


何をどう言っても簡単に慰められるとは思えず、卓巳は途方に暮れていた。


< 635 / 927 >

この作品をシェア

pagetop