愛を教えて
『どうしてもあなたに会いたくて、こんな真似をしてしまいました。どうか私を許してください』


卓巳が「絶対に会うな」と言っていた男に会ってしまった。どうしてこんな事態になってしまったのか、万里子には見当もつかない。

そのとき、テーブルを挟んだ向かいの席でキャロラインが立ち上がった。つられて万里子も席を立つ。


『遅かったのですね、スティーブン。マリコをこんなに待たせてはいけないわ』

『申し訳ありません。でも、マリコは素敵な女性でしょう?』

『ええ、それはね』


ライカーはキャロラインの隣に立ち、右頬にキスしたあと、万里子を見つめて微笑んだ。

髪の色に合わせたグレーのスーツは、ひとつボタンのクラシカルなデザインだ。卓巳の着ているものに似ている。おそらく、サヴィルロウ通りにある一流テーラーのオーダーメードだろう。

手の動きひとつとっても、ライカーは非常に上品で優雅だった。流れるような動作は、やはり慣れだろうか。そして当然のように万里子の右手を取り、甲に口づけた。

その一瞬、右手に添えた彼の指が、手の平を軽くなぞる。万里子は背筋がゾクッとして、彼の唇が離れるや否や、手を引っ込めた。


『あ、あの……どういうことでしょうか? 私にはさっぱりわかりません。キャロラインはサー・スティーブンとお知り合いなのですか?』


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