愛を教えて
『スティーブンは私の弟です。十歳以上離れていて、母親も違うのであまり似てはいませんけれど』

『それは……でも、どうして私を?』


騙したのか、と尋ねるのは早計過ぎると思い、万里子は言葉を濁す。


『ああ、マリコ、姉を責めるのはやめてください。私が頼んだのです。ぜひもう一度、あなたと会い、楽しい時間を過ごしたかった。タクミは、君の前から私を消し去りたかったようだがね』


ライカーの瞳を見つめていると、吸い寄せられるような錯覚に陥る。それはまるで深い沼の底に引きずり込まれる感覚だ。万里子は慌てて視線を逸らせた。

だが、ライカーは万里子から目を離さない。その視線に、初対面の太一郎に感じたような不快感はない。

ただ、零れたワインが絨毯に染み込んでいくような感覚。甘く濃厚な香りを放ち、万里子の体に染み込んでくる。それはまるでセックスを想像させ、万里子はその場から逃げ出したくなった。


『初めに申し上げておきます。私は何も存じません。ですが、夫からサーと個人的に会うことを止められております。どうか、夫の許可を得てから、私をお訪ねください。では、失礼いたします』


万里子は再び席に着くつもりがないことを、ライカーに意思表示した。


(キャロラインに挨拶を済ませたら、すぐにおいとましよう。失礼ではないはずよ)


身を翻した万里子に、ライカーは初めて攻撃的な言葉を投げかけた。


『マリコ、君はタクミの“所有物”かい?』


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