愛を教えて
『さすがのタクミも忙しくて、今夜は夫の役目を果たせないだろう。私は君の向かい“ピカデリー・スイート”にいる。そして、このフロアはすべて私が借り切った。今夜この階で眠るのは、私たちふたりきりだ』


万里子は必死で思い出そうとしていた。

何度もホテルの従業員がやって来たのではっきりと覚えていない。入り口の鍵はちゃんとかけただろうか、と。


『まさか、君の部屋に押し入るとでも思っているのかな? ここはフェミニストの国で、私も紳士だ。ただ、君が寂しいときはいつでも訪ねて欲しい。「ニッポンダンジ」というのか、日本人男性は妻に対して少し横暴なようだ』


万里子は最後の理性を振り絞り、可能な限り落ちついた声で答えた。


『サー・スティーブン、あなたは勘違いをされておいでです。夫は横暴ではありませんし、私も従順なだけの妻ではありません。でも、今夜はあなたの言葉を信じて眠ります。英国はフェミニストの国で、英国貴族のあなたがその言葉どおりの方であることに感謝して……おやすみなさい』


ライカーの返事は聞かず、万里子は急いで電話を切った。


(……まるでストーカーだわ)


万里子は念入りに施錠を確認し、一睡もせずに卓巳の帰りを待ち続けた。


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