愛を教えて

(2)駆け引き

『ミスター・サエキをお通しするように、とのことでしたので。正午少し前に、奥様と一緒にホテルを出られました』


卓巳はリッツ・ロンドンに戻っていた。

万里子がどこに連れて行かれたのか。少しでも手掛かりが欲しい。

支配人は卓巳の殺気立った形相に押されながら、思いつく限りの言葉を口にする。


『ほ、他の従業員にも確認を取りましたが……とくに変わった様子はなかったと言っておりました。刃物であります、とか、そう言った犯罪に類する行為を目にした者はおりません。もしそうであったら、我々もすぐに通報しております』



卓巳は二日ぶりに部屋に戻った。

万里子と抱き合って眠った夜が、ついさっきのように思い出される。


――お帰りなさい、卓巳さん。


卓巳の耳にそんな幻聴が響いた。

ベッドルームに向かおうとしたとき、彼の目に光る何かが映る。それは、リッチモンドから戻ってすぐ、万里子を押し倒した白いテーブルの上に置かれていた。

ゆっくり近づくが、見るのが怖い。

卓巳は奥歯を噛み締めて、“目の前の真実”を掴み上げた。


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