愛を教えて
卓巳はこのままライカーに飛びかかり、絞め殺したい衝動に駆られた。


『万里子を出せ！』

『人の部屋を訪れて挨拶もなしかい？　失礼じゃないか』

『人の妻を攫うような男に礼を尽くす気はない』

『攫ってなどいないよ。ミセス・マリコ・フジワラは、ひとりでこの部屋にやって来た。そうだったね、支配人？』
　
　
そのとき初めて、卓巳は支配人を含む多数の従業員が、スイートの室内に入り込んでいることを知る。だがジェイクの姿は見えない。不測の事態に備えて、卓巳の部下は下で止められているようだ。卓巳の違法行為の証人は大勢いても、ライカーの罪は誰も見ていない、と言うことだった。


『い、いえ。オーナーのおっしゃるとおりです。先ほどの女性でしたら、誰かに無理やり連れて来られた訳ではありませんでした』

『ああ、そうだろう。うちの元社員であるジェームズ・サエキを使い、万里子を騙した。彼女は僕のために、こんな場所に来たんだ！』


卓巳は支配人の言葉を遮り、吼えるように叫んだ。


ライカーはそんな卓巳を一瞥して背を向ける。

彼はソファに座ると、空になったグラスにワインを注ぎ込んだ。それは、ブルゴーニュの代表的な赤ワインだった。室内に深く優雅な香りが強まる。ライカーはそれらをゆっくりと鼻腔に吸い込み、静かに微笑んだ。


『なるほど、そういうことか。では、彼女を騙したのはその元社員だろう。私はただ、彼女を招き入れたけだ。それがどんな罪になるのか、教えてくれるかな？』


< 736 / 927 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop