愛を教えて
卓巳はひと晩中、万里子のそばから離れることはなかった。

婦人科のドクターは万里子を診察して、全身の擦過傷に驚いていた。見た目ほど深い傷ではなく、薬を塗れば数日で治るという。問題は場所だ。両腕や首筋、胸元、腰から大腿部にかけてといったところに集中している。男が女を抱くときに触れる場所だった。


万里子が太一郎に無理やりキスされたとき、唇が擦り切れ、ガサガサになるまで擦っていた。

しばらくは、「汚れが落ちない」「綺麗にならない」と、夜中に魘されることもあったくらいだ。

ところが翌朝そのことを万里子に尋ねても、何も覚えていないという。おそらく、四年前の悪夢がいまだに彼女を縛るのだ。

卓巳は何もできない自分が悔しくてならなかった。


ライカーが万里子を抱こうとしたのは間違いない。

彼は思いつく限りの下劣な言葉で万里子を罵った。精神のたがが外れたとしか思えない言動も、最後までできなかったことが理由だったのかもしれない。

万里子はライカーの痕跡を消し去るのに、自ら身体を傷つけた。皮膚が裂け、血が滲んでも、まだ擦り続けたのだろう。


真っ暗な部屋に、ベッドサイドの灯りだけがボンヤリと浮かび上がる。

室内には静寂が広がり、時折、空気が震えた。それは、卓巳が深く息を吸い込む音だった。


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