愛を教えて
「何を怒ってるんだい? 結婚してるじゃないか。新婚旅行中の出来事だよ。なんたって十日ほど前の話だからね。誰かさんにも身に覚えがあるんじゃないかな」


卓巳はさも楽しそうに笑っている。ようやく万里子も、卓巳の冗談に気づいた。


「酷いわ、卓巳さん。それに……私は、初めてじゃないから」

「君は、青信号の横断歩道でひき逃げされた被害者から、減点するつもりかい? そんなのはノーカウントだ。だから、君の初めては僕なんだよ」


でも……と言いかけた万里子の反論を卓巳はキスで奪う。


「それに、僕は君を妊娠させると言っただろう? 自信がある。母親になる覚悟はできてるのかな、奥さん」


何もかも諦めていた。

なのに、卓巳は万里子の願いをひとつずつ叶えてくれる。

卓巳は“消せない過去”を塗りつぶし、その上から、幸福の絵の具で未来を描くつもりなのだ。万里子の思い描いた夢を、過去が見えなくなるまで……何度も、何度でも。


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