愛を教えて
「どうなっとるんだね、宗。なぜこちらまで案内して来なかったんだ?」

「いやはや困ったものだ。社内で迷子とは」

「宗くん。ちゃんと迷子札は持たして上げたのかね」


社長派の連中は面白おかしく囃し立てる。


正月早々、緊急の名目で召集された彼らは一様に不満顔だ。

先代の業績は大きいが、それを引き継ぐ二代目というのは、得てして役者の足りない人間が多いと言われる。しかし、卓巳は見事にその定石を覆した。

卓巳の方向性に「積極的過ぎる」「守りに入ったほうがいい」という意見もある。だが、卓巳は彼の正しさを数字で示してきた。たかが数字、されど数字だ。一番、目に見えてわかりやすく、人の心を捉えやすい。給料が増えて文句をいう社員はいないし、配当金が増えて嫌がる株主もいない。

だが、中には先代の遺業を継いだだけに過ぎない、と声高に言う連中もいる。

先代社長派の人間は今も尚子と結託し、太一郎を次期社長に、と推している。それが先代の遺志であり、我々は卓巳に頼るのではなく、太一郎と共に苦労する義理がある、と。

浪花節と言えば聞こえはよいが、単に先を読めなかった連中の悪あがきだろう。

今回、尚子はそんな先代社長派を動かした。


「卓巳さんが辞意を表明いたしました。外部からの圧力がかかる前に、次期社長を社内で決定したいのですけれど。会長は太一郎を推してくださいましたのよ」


最後のひと言は決定打となる。

経営に口は出さないが、皐月は筆頭株主だ。皐月にとって太一郎は、なさぬ仲の尚子の息子。そんな太一郎を皐月が認めたと言うなら、藤原家でとんでもないことが起こったに違いない。誰もがそう思った。


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