愛を教えて
「奴の信用は地に堕ちた。どのみち、私のやるべきことはもうないよ。万里子、お前が許してやれと言っても、奴は終わりだ」


(そうじゃないのに……)


万里子自身、ライカーを許す気にはなれない。だが、「許さないこと」と「仕返しをすること」は違うはずだ。人の弱みを見つけ、それを公にして笑い者にするというのなら、それは――。


「サーを許して欲しいなんて思っていません。ただ、思い出しただけです。不幸な過去を、身体の欠陥を突き付けられて、悲しくて堪らなかったときのことを」


明らかに卓巳の表情が変わった。


ほんの数ヶ月前、卓巳が万里子にした仕打ち――「ふしだらで汚れた女」「我が子を殺した」――あの脅迫の瞬間を思い出す度に、万里子の手は冷たくなり震え始める。

偽りを暴かれ、彼女は抵抗することもできずに卓巳の要求を受け入れてた。

今ならもちろんわかる。女性のすべてを嫌悪していた卓巳が、万里子に抱いた恋情を認められず、彼自身も苦しんでいたのだ、と。

ライカーは自らの犯した罪により裁かれるべきだ。身体の機能に不都合があったとしても、それは彼の罪ではない。

卓巳はしばらく万里子を見ていた。

だが、無言のまま部屋を出て行った。


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