愛を教えて
卓巳は手を伸ばし電話のボタンを押した。一瞬でリビングは静寂を取り戻し、万里子がハッとした顔で振り返った。


「卓巳さん……あの、わたし」

「奴のためじゃない。すべてが真実ではないと承知で、私はマスコミを動かした」


ライカーを貶めるためならなんでもする。泣き叫ぶ万里子を見て、卓巳はそう決意した。

マスコミ操作だけでは飽き足らず、ライカー社の違法行為を当局に通報した。更には、それを大株主に密告して株の暴落を謀る。ライカーの弱点を知ったときは、嬉々としてタブロイド紙の一面に流してやろうとすら考えた。

だが、鏡に映った自分の顔を見た瞬間、卓巳の背筋に悪寒が走る。

それは唾棄すべき叔母、尚子が卓巳を見下すときの顔にそっくりで、醜悪さに歪んでいた。

万里子が目覚めたとき、騎士が悪魔に姿を変えていたらどう思うだろう?


そのとき、ライカーが卓巳の元を訪れた。

元々が英国人でない彼に、味方などひとりもいない。ライカーは社員を守るべく、卓巳に強いた土下座を、自らが返したのだ。


「買収はサーの希望だったんですね。だったらどうして」

「そこまで追い込んだのは僕だ。それに……奴を許したと、君に思って欲しくはなかった」


卓巳は目を伏せ、デスクから離れた。そのまま、部屋の中央に置かれたソファに腰かける。万里子もその横に座った。


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