愛を教えて
同じ部屋に万里子の姿がなくなり、卓巳は大きなため息をついた。
明日の朝のこともある。娘が外泊して、男を連れて戻るのだ。父親にとっては一大事だろう。
――女性の親に結婚の了解を得る。
まさか、自分の身に起こるとは思ってもみなかった。
仕事では二十九歳という年齢以上に経験を積み、倍以上の年齢の人間を相手にしても引けを取らない卓巳だが、結婚となると話は別だ。
そして万里子の父に話すということは、もう、後には引けなくなるということだ。
卓巳の悩みは他にもあった。万里子と過ごすふたりきりの時間に、卓巳は慣れ始めていた。だがそれは、非常に危険な事態だ。
万里子の行きたいと言った動物園に、ふたりは出かけた。はしゃぐ万里子の姿に、『そんなに動物園が好きなら』と、人気の動物園を調べさせ、日本中からパンフレットを取り寄せていた。
万里子の笑顔が見られるなら……。
卓巳はこのとき、自分の中に次々と湧き上がる感情に、恐ろしいものを感じた。
(私はなんのために、万里子の機嫌を取ろうとしているんだ?)
男が女の機嫌を取る理由はひとつしかない。セックスのためだ。女をベッドに連れ込むために、男は様々な手段を用いる。
自分の行為はまさしく“それ”だと気づき、卓巳は慌てて動物園のパンフレットを破り、ゴミ箱に叩き込んだ。
ところが……。
今、卓巳の目の前には、清掃係に回収される直前、彼自身が拾い上げたふたつに裂かれたパンフレットがあった。
明日の朝のこともある。娘が外泊して、男を連れて戻るのだ。父親にとっては一大事だろう。
――女性の親に結婚の了解を得る。
まさか、自分の身に起こるとは思ってもみなかった。
仕事では二十九歳という年齢以上に経験を積み、倍以上の年齢の人間を相手にしても引けを取らない卓巳だが、結婚となると話は別だ。
そして万里子の父に話すということは、もう、後には引けなくなるということだ。
卓巳の悩みは他にもあった。万里子と過ごすふたりきりの時間に、卓巳は慣れ始めていた。だがそれは、非常に危険な事態だ。
万里子の行きたいと言った動物園に、ふたりは出かけた。はしゃぐ万里子の姿に、『そんなに動物園が好きなら』と、人気の動物園を調べさせ、日本中からパンフレットを取り寄せていた。
万里子の笑顔が見られるなら……。
卓巳はこのとき、自分の中に次々と湧き上がる感情に、恐ろしいものを感じた。
(私はなんのために、万里子の機嫌を取ろうとしているんだ?)
男が女の機嫌を取る理由はひとつしかない。セックスのためだ。女をベッドに連れ込むために、男は様々な手段を用いる。
自分の行為はまさしく“それ”だと気づき、卓巳は慌てて動物園のパンフレットを破り、ゴミ箱に叩き込んだ。
ところが……。
今、卓巳の目の前には、清掃係に回収される直前、彼自身が拾い上げたふたつに裂かれたパンフレットがあった。