愛を教えて
(今なら、まだ間に合う)


卓巳は自分の心に投げかけた。

馬鹿げた契約書など必要ない。茶番を終わりに、いや、真実にすればいい。結婚してから関係を迫ることは契約違反になる。

だが、今なら……。

ふたりが交わした契約書は、融資の件以外は、入籍後に有効となるものばかりだ。もちろん、万里子が望まないのに関係を強要することなどできない。それは契約書の問題ではなく、犯罪になってしまう。

だが、互いに独身で二十歳は越えており、幸か不幸か、結婚に向けての話も進んでいる。

万里子さえ同意すれば、契約書を破り捨て、ゴールインするだけだ。


卓巳は意気揚々とそこまで考え、ピタリと思考が止まった。


(拒否された場合はどうなるんだ? 万里子は、本気で結婚しようと言い始めた男と、偽りの結婚をするだろうか?)


そんな相手と同じ部屋、それも隣のベッドで眠ることになる。卓巳にとって苦行だが、万里子にすれば恐怖以外のなんでもない。

そのときは、契約書を盾に強行するか、あるいは再び策を弄するか。


そこに到って、卓巳は完全に万里子と性的関係を結ぶ気になっている自分に驚く。

だが卓巳にはそれ以前の段階で、越えなければならないハードルがあった。


(万里子を妻にして、いったいどうしようと……)


そのとき――オーナーズ・スイートに火災警報器のベルが鳴り響いた!


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