愛を教えて
何ひとつ自分の責任だとは認めず、尚子はトランクの蓋を閉じ、床に下ろした。


「あたくし、北京に向かうまでホテルに泊まりますから。よろしいわねっ!」


ガラガラと大型のトランクを転がし、尚子は引きつった表情のまま太一郎とすれ違う。彼女は息子を一瞥もしなかった。

そんな母親の背中に、太一郎は声をかけた。


「――悪かったな。お袋の夢を叶えてやれなくて」


尚子が足を止め、卓巳も息を飲んだ。


「卓巳の親みたいに死んでくれたらいいなんて、本心じゃねぇから。……気ぃつけてな」


尚子の肩はわずかに震えたが、それでも振り返ることなく藤原邸を出て行った。


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