愛を教えて
あの日、幼稚園に迎えに来るはずの母は、いつまで待っても来なかった。

父は直接病院に駆けつけ、万里子は幼稚園の先生が病院まで送ってくれた。

病院に到着したとき、母はすでに昏睡状態だった。お別れを言うときに触れた母の手の冷たさが、万里子の記憶に焼きついている。

幼い万里子は必死で母の手を擦り、息を吹きかけた。


『おかあさま、さむそう……まりこがあっためてあげるの』

『万里子は優しいね』


そう言って抱き締めてくれた父の手は、母に比べて火傷しそうなほど熱かった。万里子はきっと一生忘れないだろう。



わかっている。わかっているのだ。

わかってはいても、それでも、乗り越えられない試練はない。奇跡は必ずある、と教えてくれたのは卓巳だった。



「わかっている」

「え?」


頭で思った言葉を父に言われ、万里子はビックリした。


「忍の言うとおり、母さんが生きていても止めただろう。だが、あのとき……父さんが病院に駆けつけたとき、母さんは――子供だけでも助けてくれ、と言った。結局のところ、自分の血肉を分けて人間を生み出す……母親という存在に男は敵わんのだ」


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