愛を教えて
そう言うと、父は立ち上がり万里子の頭を撫でた。


「ひと晩ゆっくり休んで、明日は家に戻るんだ。女の勝ちが決まっとる勝負で、男を苛めるもんじゃない。祝いは産むことが決まってからにしよう」

「お父様……ありがとう」


込み上げる涙を万里子はグッと我慢した。

まだ、本当の意味での“おめでとう”ではない。だが、辛さに涙を零すことはやめにしよう。自分は母親になるのだから、と。



張り詰めた空気が緩み、三人が一様に胸を撫で下ろした。その直後、夜の十一時を回った時間帯に、突然、玄関の呼び鈴が鳴る。


「ひょっとしたら卓巳様かもしれませんわ。きっと万里子様を迎えに来られたんですよ」


忍は小走りに玄関に向かった。

そう言われたら、万里子も気にかかる。忍のあとを追うように、そっと玄関を覗き込んだ。


そこには予想どおり、卓巳が立っていた。

外は雨が降り出したようだ。卓巳の前髪やコートの裾から雫を滴り落ちている。万里子はタオルを掴むと、卓巳の元に駆け寄った。


「卓巳さん……傘を忘れたんですか? こんなに濡れて……」


だが、卓巳の様子がおかしい。奥歯を噛み締め、胸に何かを堪えたかのような表情だ。


「万里子……病院に行って来た。おばあ様が……」


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