愛を教えて
万里子を迎えに行く前に、卓巳は皐月の入院する病院に立ち寄った。

面会時間はとうに過ぎている。だが、どうしても皐月の顔が見たかったのだ。


そこはVIP用の特別病室。広いスペースに一般病室とは比べ物にならない特注のダブルベッドが置かれていた。

壁には水彩画が飾られ、その横には観葉植物が置かれている。ベッドの正面に設置されたテレビは、当然だがコイン式ではない。

壁際のデスクには外線電話が引かれ、インターネットも可能だ。部屋の隅に仕切りがしてあり、簡易キッチンもある。重役室並のソファセットも完備していて、奥には六畳の和室まで。ちょっとしたホテルのスイートを上回る居住性だった。

利用者の多くが政治家や企業のトップ。実際の重病患者はごく稀で、保養所或いは避難所のような使われ方がほとんどだという。


深夜の見舞客に千代子は驚いた。だが、卓巳の思い詰めた表情に、昼間の一件を思い出したらしい。

千代子は気を利かして、卓巳を皐月とふたりにしてくれた。


「おばあ様……千代子から聞きましたか? 万里子に子供ができました。僕の、子供です」


卓巳はベッドサイドの椅子に座り、皐月に語りかけた。

無論、皐月は何も答えない。

最初に付けられていた鼻腔カニューレも、今は外されている。自発呼吸は安定しているが……。


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