愛を教えて
「僕のせいだ。本当は……怖い。怖いんです。怖くて怖くて……万里子を抱き締めて……泣きたいだけなんだ」


そのとき、風が微かに震えた。


「……どうして……そうしないのです……」


それは室内の機械音に打ち消されそうな声だった。


縋りついた小枝のような指が、しっかりと卓巳の手を握り返している。


「お、おばあ……様?」


驚き、顔を上げた卓巳の目に、開かれた皐月の双眸が映った。

それはいつもと変わらない、気品に満ちたまなざし。穏やかな笑みを湛え、卓巳を見つめている。


「抱き合って……泣けばよいのです。怖いと……わからないと……それでいいのよ。答えは……いらないの」


皐月の言葉は卓巳の胸に、溶けない雪のように降り積もっていく。

それは、たくさんの悲しみを、たったひとりで乗り越えてきた皐月の思いが降らせた雪。孫の幸福のみを願う、愛と奇跡の込められた雪だった。


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