愛を教えて
そして万里子は卓巳の心にも、深い傷があることを感じていた。

卓巳が、軽はずみなセックスや妊娠中絶を責めているのは、万里子ではない他の誰か。

彼は決して万里子にセックスを要求しない。契約書から削除するほどの自信で、万里子を性的対象にしない男性。


奇しくも、卓巳を苦しめる理由が、万里子にとっては卓巳を信じる理由になっていた。



卓巳にすべてを話そうかと思った。

しかし、事実は変わらない。どんな事情があれ、万里子が子供を堕胎したことに違いはないのだ。

ましてや、二度と子供が産めないかもしれない、となれば……。


(同情なんて、辛いだけよ。話してどうなるものでもないのに)


万里子はほんの少し、卓巳との距離を取った。縋りつく指の力を緩めた程度ではあったが。


やはり自分は人を愛してはいけない。愛する資格がないのだ――と。



心に同じ思いを抱え、わずかに点ったふたつの灯りは、互いを照らすことなく消えていった。

だが、他人の悪意によって傷つけられたふたつの魂に、神は試練とともに、チャンスも与えたのである。


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