ガルドラ龍神伝―闇龍編―
右腕だけで上顎を持ち上げ、ナンシーは左手で斧を構えた。


その左手からも、大量の血が漏れている。


両掌から来る痛みを我慢し、ナンシーはゆっくりと斧を持ち上げ、口を開く。


「トライアングル・フレイム(業火の三角形)!」


火属性の中級呪文の名前を叫び、ナンシーは炎をアルエスの胃の中に放り込んだ。


その熱さに耐えきれずにアルエスはもがき、ナンシーを振り落すように吐き出した。


ナンシーは斧を握りながら空中で一回転し、上手に着地した。


二人が心配になって、彼女の元に駆け寄る。


「大丈夫か、ナンシー?」


ヨゼフは訪ねた。


「ありがとう、二人とも。私は大丈夫よ。


ちょっと怪我をしただけ」


ナンシーは意地を張って言った。


だが、彼女の両掌からは、アルエスの鋭い牙が深く食い込んだような大穴が空いている。


(アルエス、お前だけは絶対に許さない。


魔族達を根絶やしにしようとした報いを、受けさせずにはいられない!)


リタは拳を堅く握り、アルエスに対して怒りを覚えた。


その怒りに反応してか、アルエスは声高らかに笑う。


『愚かな王女よ。俺だけに非があるのか?


ならばその少女は、誰のために俺に食われに来た?


お前の愚かな言動のせいで俺の怒りをかい、少女はそれを庇ったのだ』


アルエスは一方的に、リタとナンシーを罵った。


それに対してナンシーは顔をしかめ、アルエスの目をしっかりと見た。


二本に分けて結っていた鬣のうち、右側の三つ編みだけがほどけ、肩に触れている。


斧を持つ左手からは、汗が流れている。


その汗は掌から流れ出る血液と混ざり、雫となって地面に落ちていく。


その様子を見て、リタは無理して話すな、と言いたげにナンシーの前に出て、彼女の代わりにアルエスに言う。


「ナンシー――彼女は、ただ私を庇ったんじゃない。


彼女は自分の体力を削り、火属性の魔法を放つ隙を見てたのさ。


そうだろう、ナンシー?」


リタは、ナンシーの作戦を見抜いているかのように言った。


ナンシーは、首を縦に振る。


リタは続けて言う。
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