碧いボール

放任顧問の秘密

芦田が反射的に振り返る。
「ちょっといいですか?」
芦田はちょっと迷ってから「いいよ」と言ってくれた。
あたしは素直に嬉しかったけど、喜んでる場合じゃないことに気づいた。
あたしが、教官室いいですか、と聞くと、芦田はだまって教官室に向かって歩き出した。
あたしの突然の行動に、杏以外は驚いたみたいだけど、今はそんなのにかまってる暇はない。
今のあたしは、上手に理由を聞きだせるかと、戻ってきてくれるように説得できるか、不安と緊張で、周りが見えない。
教官室はきれいに整頓されていて、あたしと芦田は、机をはさんで向かいになって座るかたちになった。
あたしが「あの・・・」と言いかけると、芦田はまさかの行動にでた。
次の瞬間、あたしは思考回路が停止した。
あの芦田がこんな風に言ってくるとは思わなかったから。
芦田は何をしたのか・・・なんと、机に頭をつけて、「ごめんっ!」と謝ってきたんだ。
すぐに正気に戻って・・・いや、正気に戻れてないけど。
まだ困惑してるけど。
芦田は顔を上げてあたしにこう言うと、すべてを話し始めた。
「全部、知ってたんだよ」


  芦田Side
全部・・・知ってたんだよ。
お前たちが俺のこと、放任だとかなんだとか好き放題やってるの、全部知ってたんだよ。
そもそも悪いのは、お前たちじゃないか。
俺のこと、いじめるからじゃないか・・・。

あの日、俺はいつものように、清勝女バスをコーチしに、学校へ向かっていた。
俺はバスケが大好きだ。
若いころは、バスケをプレイすることに励んでいたけど、ある時ひざを悪くしてドクターストップがかかってしまった。
ショックで、生活から何かを奪われてしまったような気分で、しばらくはもぬけの殻だった俺は、ある時、ふとしたことから、あることに気づいた。
「プレイするのだけがバスケじゃない。立派なプレイヤーを育てるのも、俺にできるバスケのひとつだ」と。
そこからは、今まで育んできたたくさんの技術を、指導能力として高めるために猛勉強し、さらには審判のしかたまで学んだ。
そうしてバスケのコーチになることだけを追い続けて4年、やっとのことで教員免許が取れた。
しかし、初めて配属された中学校、ここ、清勝は、当時バスケ部がなかった。
バスケ部がない学校はめずらしいけど、それでは俺の努力が意味をなくしてしまう。
俺は校長に無理を言って、PTAからの援助を少しだけ、それから俺の熱意に負けた先生からも援助をいただいて、あとは俺の自費。
そんな状況で、清勝バスケ部をつくった。
最初は部員の集まりが悪く、ショックを受けていたけど、新入生が入ってくると、たくさん入部してくれて、俺はすごくうれしかった。
この子たちを、必ず晴れ舞台に立たせてやろう、この子達の貴重な時間を、バスケに費やして良かったと思える部活にしよう、そう思った。



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