碧いボール
お父さんが言いかけたとこで、杏がきた。
「お父さん、あとでね!」
お父さんはずっと手を振っていた。あたしたちが角を曲がってからもずっと。
その勢いに、何がこめられてたかなんて、このときのあたしが知ってるはずもなくて。
お父さんとの時間が今この瞬間にも減ってるなんて、認めたくなかった。
夜のカラスは、何を知ってたの?

会場につくと、思ったよりも中はがらんどうで、観客なんていなかったし、他なっての候補者もいない。
今はあたしたちが、この広い体育館を占領できる。
そう思うと、さっきまでの暗い気持ちはふきとんで、目の前の現実に釘付けになった。
あたしたちが軽いウォーミングアップをしてると、どんどん会場は活気づいて、この全てがライバルだと思うと、あたしの闘争心はより強く掻き立てられた。
「集合!」
選抜顧問の春田先生が、鋭い声で叫ぶ。
いよいよ始まるんだ。
次こそ、落ちるのが目に見えてるんだから、しっかり楽しまないと。
「礼!」
上の空だったあたしを現実に連れ戻して、鋭い声が頭に響く。続いて、高い笛の音がなった。
今日は、いきなりゲームからのスタート。
一試合目には杏がてでる。
あたしは心のなかで応援した。
あたしの分も、どうか頑張って。あたしは杏の分も楽しむから。
杏は今楽しい思いをしないで、必ず選抜になって毎週楽しんでね。
相手チームの選手を圧倒して、杏がゴールを守った。
相手を威圧してしまうパワーは、すごいと思うし、うらやましい。
バスケで敵を寄せ付けないなんて、つくづく杏は天才だなあと思う。

あたしが頭の中で、もう一人の自分に杏のすばらしさを語っていると、現実のほうで、大きな音がした。
試合終了の笛。
びっくりして我に返ると、杏がこっちを見て笑ってる。
「お疲れ、杏」
「疲れたよ~、やっぱみんなうまいね」
「それはそうだよ。でも、杏はついていけてるから大丈夫」
「またまた、お世辞言って~」
これはお世辞ではない。本心。心の底から思ってること。
「おい、相川!」
「はい!」
急に大声で呼ばれて、びっくりして振り返ると、選抜顧問がいた。
やばっ。次あたしか。これで印象悪くなったかな・・・。
「早く来い!」
杏がくすくす笑う。
「試合開始、礼」
「「「おねがいしまーす」」」
ジャンプボールは相手が制して、開始早々先制点を決められた。
ディフェンスはマンツーマン。
先制を決めたのは、あたしのマークだった。
速い!とにかく速い!こんなの、追いつけないよ・・・。
芦田が絶望的な目であたしを見つめる。
もうだめだって思ってるのかな。ちょっと悲しくなる。
その後、わずか5分の試合の中で、あたしは自分のマークに6点も決められ、そのうち4点はフリーでのシュートになってしまった。
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